#朝比奈あすか #人間タワー2020/12/29

朝比奈あすか『人間タワー』(文春文庫)
朝比奈あすか『人間タワー』(文春文庫、2020年)

ひところ小学校などの運動会の「人間ピラミッド」「人間タワー」で子どもがけがをして問題になった。何かの雑誌にこの著者が記事を寄せているところを見て、それをきっかけに本書を読むことにした。

本書は、「桜丘小学校」の運動会の人間ピラミッドを媒介として様々な人の姿を描いている。この描写が読んでいる者の心を揺さぶって、それ以上読めなくなるときが何度もあった。それだけ心理描写がリアルだ。

第一話で夫の「遼」が浮気して帰宅しなくなって、それをきっかけに妻の「雪子」がふさぎこんで外出しなくなり、寝込み、食事を作る気も洗濯する気も起きなくなる…という負の連鎖。このあたりの表現を読むと、読んでいるこちらが雪子と同じように憂鬱になってくるような気になる。

第二話で老人ホームに入った「伊佐夫」が、たぶん認知症なのだろうか、過去の記憶と現在の生活が混乱して、亡くなった妻「鈴子」が今どこにいるかとふとした時にヘルパーさんたちに尋ねてしまうなど。自分もいずれ高齢になったら大なり小なりこうなるのだということを突き付けられたように思う。

第三話で「人間タワー」づくりの中心となる女性教師「沖田珠愛月」(おきた・じゅえる)の、自分の下の名前が子どもたちや同僚に笑われることに傷つき、そのことに敏感になるがゆえ名前の話題に触れさせない姿勢。

解説で宮崎吾朗も触れていたが、他校から桜丘小学校に転校してきた「安田澪」(やすだ・みお)が小学校6年生なのに、教室の人間関係や熱血教師「沖田珠愛月」のいやなやり方に気づき、人間タワーの問題点を大人のように解説してみせる。「わたしは人間タワーには反対だけど、人間タワーをやらないことにも反対」(190ページ)という安田澪の言葉が印象に残る。

最終話の第六話。ネットメディアのベンチャーに転職した「髙田剛」(たかだ・ごう)は、小さいころそろばんを習い暗算が得意だったが、暗算する際に想像上のそろばんを指ではじく「そろばんの指」を小学校の先生に禁止されて以来、いじめの対象になってしまった。しかし中学生になって髙田の暗算の能力も「そろばんの指」も評価してくれる先生と出会い、彼の人生が大きく拓いた。
第五話の以下のくだりも印象に残る。「この子たちは『今』だけを見ている。逆に言えば『今』しか見えていない。目の前の問題が、学校の中で起こることが、世界の全てなのだ。その頑強さと脆さに、胸が苦しくなる。」(259ページ)

「いま大変でも、いつか良いことが必ずあるんだよ」「あれか、これかで悩む時にも、別の視点があり別の解決策があるんだよ」というメッセージを著者から受け取った。