#柳美里 『#JR上野駅前公園口』2021/01/11

柳美里『JR上野駅公園口』
柳美里『JR上野駅前公園口』(河出文庫、2017年)

これまでたまに上野の国立美術館や東京文化会館に何度か足を運んでいたのだが、上野公園に住むホームレスの人たちのことは意識に留めたことがなかった。本書の主人公はそこに住む福島県出身のホームレスの男性。

天皇・皇后など皇族がこの上野界隈に来る場合、事前にホームレスの「山狩り」が行われていたことを、この本で初めて知った。天皇陛下の「きれいな」お言葉や振る舞いの陰には、ホームレスの排除があるのだ。もしかすると天皇陛下・皇后ご夫妻が被災地を回る時にも、同じようなことがあるのではないか。

解説の原武史氏が書いていたが、天皇は抽象的な国民に「おことば」で訴えかけられるが、実際の個々の国民のことは「見ていない」というある種の欺瞞がある。国民の統合の象徴であって、いわゆる政治家でも行政官でもないのだから、個々の国民の悩みや求めを聞いて、それに対応するという役割が与えられていない。天皇から(抽象的な)国民に一方的にメッセージが発せられて、「天皇が国民のことを心配している、思いやっている」というイメージは振りまかれるが、それはイメージの上だけである。

ただ本書では天皇制の問題よりも、長生きした人間がその人生の間に失った人・もののことばかり描かれていたことが印象的だった。このブログを書いている私も年齢を重ねて主人公の気持ちが「実感」として分かるようになってきたのだろう。今上天皇の浩宮様と同じ年の長男を失ない、妻を失ない、故郷を失い、最後に孫娘も東日本大震災の津波で失ってしまう。出稼ぎでひたすら働き、故郷の福島県に仕送りを続けて、年老いて何も残っていない。折に触れて主人公のホームレスの思い出す過去が描写される。過去の映像が色あざやかな反面、現在の上野公園でのホームレスたちの暮らしは灰色で対照的。

また上野公園の美術館などでの美しい展示、それを観に来る華やかな人たちと主人公のホームレスとの対比も印象に残った。

上野駅の電車の音や、冒頭の心理描写は冗長でカットしても良いのでは、と思った。