桑嶋健一『不確実性のマネジメント―新薬創出R&Dの「解」―』2017/05/05

桑嶋健一『不確実性のマネジメント―新薬創出R&Dの「解」―』(日経BP社、2006年)

「千三つ」は1000のうち3つしか本当のことがない嘘つきや、1000のうち3つしか話がまとまらないという不動産屋などの例えとして使われるが、新薬の世界ではこれより当てのならない「三万に一つ」である。新薬を開発するために調べる化学物質約2万から3万種類に対してようやく1つの新薬ができると言われているのだ。

このように成功確率の低い新薬開発を、製薬各社はどのようなアプローチで進めているのかを経営学の観点から論じた本である。

2015年にノーベル医学・生理学賞を受賞した大村智さんは、アフリカの風土病を予防できる劇的な新薬を開発した方だった。受賞直後には大村さんに焦点をあてたテレビ番組があったが、新薬開発にはこのような研究者じたいの意欲・能力だけでなく製薬企業の研究体制、方針、意思決定などが大きくかかわっている。

本書で印象に残っている主なことは、新薬開発のアプローチが往々にして「ゴミ箱モデル」にあてまはること、新薬開発を効率よく行っている企業において入口を広くして多くの化学物質にあたりながらも絞り込みを適切に行って確実に新薬につなげる開発プロセスを実施していることだ。

ゴミ箱モデルとは、標準的な意思決定のモデルになじまない曖昧な状況、つまり「問題」「解」「参加者」「選択機会」などがそれぞれ独立して存在し、互いに無関係な状態が前提になる。意思決定に関わる人たちがまるでゴミ箱にゴミを投げるように「問題」や「解」を投げ入れ、解決に必要なエネルギーがたまったときに、あたかも満杯になったゴミ箱が片づけられるかのように選択機会が片づけられて決定が行われると考えられるという意思決定モデルである(63-64ページ)。

著者はその開発過程がゴミ箱モデルにあてはまるものとして、多くの職場で使われているポストイットを例に挙げている(61-63ページ)。

これは米国のスリーエムで働く研究者スペンサー・シルバー氏が開発した接着剤が発端だった。シルバー氏は「しっかり着く」接着剤を目指して開発を進めていたが、「しっかり着くが、簡単にはがれる」接着剤が出来上がってしまった。しばらく失敗作として放置されていたが、開発されてから5年後に、コマーシャル・テープ事業部で働くアート・フライ氏が聖歌隊で讃美歌を歌っている際に、栞が落ちるのを見てたまたまこの接着剤のことを思いついた。「しっかりくっついて、容易にはがれるあの接着剤を栞に使えば、栞が落ちずにすむのではないか」こうして1980年に「ポストイット」として売り出されたがこの商品が大ヒットして今でも多く使われていることは、このブログを読むあなたもご存じだろう。

自動車や電化製品など多くの開発では、解くべき「問題」「課題」が先にあり、それを解決するために「開発手段」が用いられて、「解」として新製品が開発されるという経緯をたどるのに対して、このポストイットでは「しっかり接着できるが、簡単にはがれる」接着剤という「解」が先にあり、それに対して「栞」に使うという「課題」が後から発見されている。「問題」「解」「開発」がそれぞれ独立に存在して、たまたま結びついて新製品となるわけだ。

同様に新薬開発現場でも、「アイロンを開発しようとしてポットが出来上がる」ような経過をたどる。

エーザイ株式会社で研究員であった杉本八郎氏は、母親が認知症にかかったことにショックを受け、これを治療する薬を開発しようという強い決意で研究をスタートさせた。

研究が始まった1982年にはまだアルツハイマー型認知症のメカニズムが解明されておらず、記憶に関係する神経伝達物質アセチルコリンの減少が影響しているのではないかという仮説の段階。杉本氏はアセチルコリンを分解してしまう酵素(アセチルコリン・エステラーゼ)の働きを阻害する物質を開発すべく多くの化合物を合成し、検査した。アセチルコリン・エステラーゼ阻害薬としてTHAという物質が知られていたが、これは特許をとられているため別の化合物で同様の働きを行うものを探さねばならないのである。来る日も来る日も化合物を探索するが一向に発見できず、杉本氏は「撃墜王」と呼ばれるようになる。「撃墜」とは、この業界で化合物が失敗することを言う言葉であった。ところが、杉本氏の研究室で動脈硬化という別テーマで研究されていた物質「C35-808」にアセチルコリン・エステラーゼ阻害機能があることが判明。これをリード化合物として、約700の誘導体をつくり、その中でも有効な成分を持つ「11D189」が選ばれた。ところがこの物質の「生体利用率」がわずか2%と低いことが判明し、開発中止の決定がされてしまう。なお、生体利用率とは、投与された薬品が肝臓で分解されずに患部(病巣部分)にたどりつく割合であるが、最低でも10%以上ないと薬として使いものにならない。杉本氏や研究チームのメンバーはあきらめきれず「1年だけ」という条件付きで開発継続が認められた。1986年12月、「薬効」「安全性」「生体利用率」などすべての面で目標を満たす物質「E2020」を発見。前臨床試験、臨床試験フェーズ1、2、3を経て、最初に米国食品医薬品局FDAで承認され1997年12月に「アリセプト」として発売。日本では1999年11月に発売された。動脈硬化に効くとして研究されていた化合物がアルツハイマー型認知症の薬になったのであった(39-49ページ)。

このように「どの化合物がある病気に有効に作用するか」を研究する「上流」では研究者個人の能力や情熱、偶然、などに左右されるが、医薬品研究開発の「下流」では企業がどのようにマネジメントするかで成果が異なる(第3章 医薬品開発における競争優位の源泉は何か?)。著者によれば「go or no-goの判断」が大きな要因になっている。

筆者は武田薬品工業を取り上げて、市場発売までたどり着く可能性がありそうな化合物全てを対象として臨床試験を進めれば大幅なコスト高となり、かといって「間違いなく成功する」化合物にしぼって臨床試験を行うのなら、市場発売までたどり着く可能性のある化合物を「間違って落としてしまう」可能性があるというジレンマにどう取り組むか、述べている。そのため「大きく網をはってタイミング良く絞り込む」ことが必要になるが、この点で武田薬品工業は当時の国内企業の中で一番すぐれているのである。

ちなみに本書が発行されたのは2006年だが、それ以降国内医薬品メーカーは合併や外資との合弁が進んでいるため、今年2017年とは国内医薬品メーカーの状況が異なっている。

また、医薬品が他の製品の開発と大きく異なるのは、臨床試験段階に至って不具合が出ても、化合物を多少改良して臨床試験するというわけにはいかない点である。化合物に不具合が見つかれば開発中止となって、また1から物質を開発しなおす必要があるのだ。

医薬品開発の「下流」にあっては開発コストが無視できない。臨床試験はフェーズ1、2、3と分けられており、フェーズ1は少数の健康な人を対象に行ない、臨床試験フェーズ2(前期・後期)では少数の患者を対象とし、フェーズ3では多数の患者を対象とする。フェーズ1では多くて数億円かかり、フェーズ2(前期)では10億円程度かかる。ところが、フェーズ2後期では臨床費用がかさみ、厚生労働省への申請データ作成や生産準備などの費用がさらに大きくかかり、フェーズ3では数十億円から100億円ともいわれる多額の費用がかかってしまう。このためフェーズ2前期までは幅広く化合物の研究と臨床試験を行うが、フェーズ2後期に入る際に「確実に上市できる化合物」に絞り込むことが最適な選択となる。

筆者は「生存時間解析」「生存確率」という手法を使って、国内各社がどれだけの医薬品開発プロジェクトを行い、それがどれだけの割合まで絞り込まれて、最終的に市場販売まで成功しているかを国内企業について比較している。当時、国内医薬品メーカーの中で武田薬品工業の評価が高く「医薬品のトヨタ」と称されていたけれども、確かに武田薬品工業こそが幅広く臨床試験フェーズ1、フェーズ2前期を進めるが、ここで絞り込みを行い、フェーズ3に進んだ化合物については全て市場販売まで実現させており、フェーズ2終了後から上市までの成功確率は国内メーカー第1位である(93ページ図3-1、表3-5)。

武田薬品工業が「大きく網を張って、タイミング良く絞り込む」ことができる背景には因果関係知識の蓄積と、意思決定システムの点で優れていることが挙げられ、かつ絞り込み戦略でも優れていることも重要である(94-100ページ)

劇的な新薬を開発する現場について、経営学の観点から読み解くことが出来たことは大変興味深かった。