アフターダーク ― 2011/02/19
村上春樹『アフターダーク』(講談社文庫、2006年)
浅井エリとマリの美人姉妹とその周辺の人たちの一晩の物語。感情を排した無機的な視点や、エリが入り込んでしまう異次元のような空間の表現が、夜の雰囲気と相まって、マリがまきこまれる生臭い現実の展開と対照的だ。
登場人物に共通するのは、何かに追われていること。大学生でモデルをしているエリは、何かをかかえて長い眠りに逃避している。妹のマリは、長い間眠り続ける姉に耐えられなくて、夜の街に一人逃げ出す。売春婦とラブホテルに入ったサラリーマンの「白川」も売春婦をかかえる中国人組織から追われている。そのラブホテルで働く女性「コオロギ」も何かの組織から逃げている。登場人物は誰も、何かから逃げているが、逃げ切れることはない。
誰だって何かに追われて逃げているのではないかと暗示されているように思った。しかし、本書ではラストで、安心できる場所に、安心できる人と一緒にいて心を通わせることで「追跡」から逃れられる可能性を示唆している。人と人とのつながりが、この無機的な都会の中で救いになるのかもしれない。
浅井エリとマリの美人姉妹とその周辺の人たちの一晩の物語。感情を排した無機的な視点や、エリが入り込んでしまう異次元のような空間の表現が、夜の雰囲気と相まって、マリがまきこまれる生臭い現実の展開と対照的だ。
登場人物に共通するのは、何かに追われていること。大学生でモデルをしているエリは、何かをかかえて長い眠りに逃避している。妹のマリは、長い間眠り続ける姉に耐えられなくて、夜の街に一人逃げ出す。売春婦とラブホテルに入ったサラリーマンの「白川」も売春婦をかかえる中国人組織から追われている。そのラブホテルで働く女性「コオロギ」も何かの組織から逃げている。登場人物は誰も、何かから逃げているが、逃げ切れることはない。
誰だって何かに追われて逃げているのではないかと暗示されているように思った。しかし、本書ではラストで、安心できる場所に、安心できる人と一緒にいて心を通わせることで「追跡」から逃れられる可能性を示唆している。人と人とのつながりが、この無機的な都会の中で救いになるのかもしれない。
村上春樹『またたび浴びたタマ』 ― 2010/08/07
村上春樹『またたび浴びたタマ』(文藝春秋、2000年)
まるまる回文が書いてある本を出版する人はそう多くない。コピーライターの土屋耕一氏が書いた回文の本を以前見たことがある程度だ。「軽い機敏な子猫、何匹いるか」という土屋氏の名作が印象に残っている。
さて、村上春樹は小説かエッセーしか書かないと思っていたら、このような回文の本も出していたとは知らなかった。カルタみたいに50音それぞれにひとつずつ回文を書いてあって、友澤ミミヨのさし絵と、村上春樹が書いた、回文にまつわる短いストーリーがある。
それから、表題になっている「またたび浴びたタマ」が村上春樹の創作とは知らなかった。それから気に入った回文は「世界に乾物、文化に生かせ」。これは、ナンセンスなのがいい。「知らぬこと手伝って床(とこ)濡らし」「記号はしるし、しるしは動き」の2つは友澤ミミヨの絵が回文とあいまって、いい感じだった。
村上春樹は「仕事をしない」と決めたお正月にこの本の回文を考えたということ(本書「あとがき」)だが、私自身も通勤電車の中でヒマな時に回文を考えていたことがあった。私が考えた「ルイ・ビトンとビール」とほぼ同じ村上春樹の「ルイ・ビトン、飛び入る」が入っていて少し嬉しかった。
まるまる回文が書いてある本を出版する人はそう多くない。コピーライターの土屋耕一氏が書いた回文の本を以前見たことがある程度だ。「軽い機敏な子猫、何匹いるか」という土屋氏の名作が印象に残っている。
さて、村上春樹は小説かエッセーしか書かないと思っていたら、このような回文の本も出していたとは知らなかった。カルタみたいに50音それぞれにひとつずつ回文を書いてあって、友澤ミミヨのさし絵と、村上春樹が書いた、回文にまつわる短いストーリーがある。
それから、表題になっている「またたび浴びたタマ」が村上春樹の創作とは知らなかった。それから気に入った回文は「世界に乾物、文化に生かせ」。これは、ナンセンスなのがいい。「知らぬこと手伝って床(とこ)濡らし」「記号はしるし、しるしは動き」の2つは友澤ミミヨの絵が回文とあいまって、いい感じだった。
村上春樹は「仕事をしない」と決めたお正月にこの本の回文を考えたということ(本書「あとがき」)だが、私自身も通勤電車の中でヒマな時に回文を考えていたことがあった。私が考えた「ルイ・ビトンとビール」とほぼ同じ村上春樹の「ルイ・ビトン、飛び入る」が入っていて少し嬉しかった。
『辺境・近境』 ― 2010/06/26
村上春樹『辺境・近境』(新潮文庫、2000年)
村上春樹の旅行記。メキシコの旅行やアメリカの旅行の話も面白かったが、ノモンハンの旅行記と讃岐うどん旅行とが特に面白かった。
村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』にはノモンハン事件に関する部分がある。陸軍の情報担当の将官を含めた数人がソ連軍につかまって拷問を受ける。情報将官は残虐な拷問を受けて死に至るが、つかまった兵隊のうちのもう一人は広大な草原にある井戸の中に放り込まれた。彼だけは奇跡的に戦友に助けられて井戸から抜け出して日本に戻ってこれた。
その『ねじまき鳥クロニクル』での叙述がきっかけで雑誌記事としてノモンハンに旅行に行くこととなる(「ノモンハンの鉄の墓場」)。かつての戦争の跡が、保存の意図なく、ほぼそのままにほったらかされて残っているという話(191-192ページ)は意外だった。また、著者は、広大な草原を、日本軍の兵隊はハイラルからモンゴルの国境地帯まで延々220キロも軍装をして歩き続けたことに思いを致している(195-196ページ)。日本軍に兵站の発想が薄かったこととあわせて、この当時のわが国が非常に貧乏で、兵隊を運ぶ自動車など全く数がたりなかったことを思えば、よくぞまあそんな状態で戦争に臨んだことだと思う。『ねじまき鳥クロニクル』にもあったが、過去の事件がいまのこの現在にまで動きをもたらすという感覚が著者にあり、著者はそのせいか、泊まり先で地震でもないのにものすごい揺れを感じる(227-228ページ)。私自身もノモンハンへ行ってみたいとは思わないが、旅行記として非常に印象的な話だった。
一方、「讃岐・超ディープうどん紀行」は面白かった。私自身も昨年一度香川県に入ってさぬきうどんを食べに行ったことがある。また高校の卒業旅行に出かけたとき宇高連絡船の上でさぬきうどんを食べたこともある。岡山県内で食べた讃岐うどんはコシがあって食べ応えがあり、本場香川でまた食べてみたいと思う。
さて、村上春樹の讃岐うどん紀行で特に印象に残るのは「中村うどん」。他の本でもこの中村うどんのことを読んだことがあるが、単なる製麺工場で少しだけ席があるだけのうどん屋。客が自分でうどんをとって汁を加え、しょうがもお客が自分ですり、お客はお店の外に出て石の上に座ってうどんを食べる。朝9時から畑の中でうどんを食べていると「世の中なんてどうなってもかまうもんか」と思うと村上春樹は書いているが、その光景はなんとなく想像できる。朝からうどんを食べるということ、しかも畑を目の前にして石にすわってうどんを食べているという状況は、世の中の動きと全く無関係だなあと感じてもおかしくない。
村上春樹の旅行記。メキシコの旅行やアメリカの旅行の話も面白かったが、ノモンハンの旅行記と讃岐うどん旅行とが特に面白かった。
村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』にはノモンハン事件に関する部分がある。陸軍の情報担当の将官を含めた数人がソ連軍につかまって拷問を受ける。情報将官は残虐な拷問を受けて死に至るが、つかまった兵隊のうちのもう一人は広大な草原にある井戸の中に放り込まれた。彼だけは奇跡的に戦友に助けられて井戸から抜け出して日本に戻ってこれた。
その『ねじまき鳥クロニクル』での叙述がきっかけで雑誌記事としてノモンハンに旅行に行くこととなる(「ノモンハンの鉄の墓場」)。かつての戦争の跡が、保存の意図なく、ほぼそのままにほったらかされて残っているという話(191-192ページ)は意外だった。また、著者は、広大な草原を、日本軍の兵隊はハイラルからモンゴルの国境地帯まで延々220キロも軍装をして歩き続けたことに思いを致している(195-196ページ)。日本軍に兵站の発想が薄かったこととあわせて、この当時のわが国が非常に貧乏で、兵隊を運ぶ自動車など全く数がたりなかったことを思えば、よくぞまあそんな状態で戦争に臨んだことだと思う。『ねじまき鳥クロニクル』にもあったが、過去の事件がいまのこの現在にまで動きをもたらすという感覚が著者にあり、著者はそのせいか、泊まり先で地震でもないのにものすごい揺れを感じる(227-228ページ)。私自身もノモンハンへ行ってみたいとは思わないが、旅行記として非常に印象的な話だった。
一方、「讃岐・超ディープうどん紀行」は面白かった。私自身も昨年一度香川県に入ってさぬきうどんを食べに行ったことがある。また高校の卒業旅行に出かけたとき宇高連絡船の上でさぬきうどんを食べたこともある。岡山県内で食べた讃岐うどんはコシがあって食べ応えがあり、本場香川でまた食べてみたいと思う。
さて、村上春樹の讃岐うどん紀行で特に印象に残るのは「中村うどん」。他の本でもこの中村うどんのことを読んだことがあるが、単なる製麺工場で少しだけ席があるだけのうどん屋。客が自分でうどんをとって汁を加え、しょうがもお客が自分ですり、お客はお店の外に出て石の上に座ってうどんを食べる。朝9時から畑の中でうどんを食べていると「世の中なんてどうなってもかまうもんか」と思うと村上春樹は書いているが、その光景はなんとなく想像できる。朝からうどんを食べるということ、しかも畑を目の前にして石にすわってうどんを食べているという状況は、世の中の動きと全く無関係だなあと感じてもおかしくない。
1973年のピンボール ― 2010/06/24
村上春樹『1973年のピンボール』(講談社文庫、2004年)
村上春樹の初期の作品の一つ。20代の青年が主人公で、書いている村上春樹もとても若い印象があった。20代のころの別れや孤独が書かれているが、その書き方が若いのである。深くつきつめて考えた書き方というよりは、感情や印象の描写が中心の書き方だと思った。
ある特定のモノへのこだわりを書いているのも、若さや時代の違いを感じさせた。主人公はあるピンボールの機種にはまり、なくなった後でそれを追い求めるのだが、特定のモノへのこだわりってバブル崩壊以前の話だなあと感じるのだ。この不景気な時代には、特定のモノにこだわっているよりも生きるか死ぬかとか、どうやって明日暮らそうかという切実な問題が目の前にあると私は感じるのだ。
ピンボールはボールを突くゲームだが、パチンコとは違って点数が入るだけでメダルや玉が出てこないゲーム。最近はゲームセンターでもほとんど見ない。温泉街にいったら宿にたまたま置いてあったとかいうレベルか。スマート・ボールならまだ温泉街にあるかもしれないけれど。
村上春樹の初期の作品の一つ。20代の青年が主人公で、書いている村上春樹もとても若い印象があった。20代のころの別れや孤独が書かれているが、その書き方が若いのである。深くつきつめて考えた書き方というよりは、感情や印象の描写が中心の書き方だと思った。
ある特定のモノへのこだわりを書いているのも、若さや時代の違いを感じさせた。主人公はあるピンボールの機種にはまり、なくなった後でそれを追い求めるのだが、特定のモノへのこだわりってバブル崩壊以前の話だなあと感じるのだ。この不景気な時代には、特定のモノにこだわっているよりも生きるか死ぬかとか、どうやって明日暮らそうかという切実な問題が目の前にあると私は感じるのだ。
ピンボールはボールを突くゲームだが、パチンコとは違って点数が入るだけでメダルや玉が出てこないゲーム。最近はゲームセンターでもほとんど見ない。温泉街にいったら宿にたまたま置いてあったとかいうレベルか。スマート・ボールならまだ温泉街にあるかもしれないけれど。
村上朝日堂の逆襲 ― 2010/05/30
村上春樹『村上朝日堂の逆襲』(新潮文庫、1989年)
本書は、1985~1986年に週刊朝日に連載された村上春樹のエッセー集。いくつか印象に残ったエッセーがあった。その一つが「関西弁について」(25-29ページ)。
私も仕事のせいで関西弁を使わざるをえない、あるいは使った方がコミュニケーションがうまくいく、というケースが多い。もともと東の人間だったのが関西の大学に入り、そこで「その土地に合わせた言葉を使うのが当たり前だ」という意識がしみつけられて以来、なるべくその土地の言葉を使うようにしている。大阪や京都で東京の言葉を話してみても「こそばゆい」とか「背中がむずむずする」と言われてしまい意思疎通が潤滑にいかない。したがって下手でも関西弁を話すと「その関西弁は変だ」と言われ「もっと普通に話せ」と言われる。ならもともとの東京の言葉を話したら良いかというわけでもないので、それはそれで「京都・大阪の人に違和感を感じさせない程度の言葉」を話すのに、気分的に苦労した。大阪や京都に住んだら東京の言葉は「標準語」ではなく「東京弁」でしかないのである。
いまの職場には関西方面の方が多いので、意識して西の言葉を使うようにしている。上司も関西人なので、丁寧な関西弁を使おうと「あかんですよ」などという言い方をするのだが、関西には「あかん」+「です、ます」という表現はないようで、おかしな関西弁だとまた指摘を受けてしまった。では関西人は目上の人に対して「あかん」というのはどう言うのだろうか。とりあえず「あきまへんなあ」などと言ってごまかしているのだが、これは丁寧な関西弁になるのだろうか?
関西弁を使っていると考え方も関西になってくるというのは、村上春樹も書いている(28-29ページ)。特に京ことばを使っていると、相手を立てつつ一定の距離を保持してプライドを保つ京都人の意識が自分にも移ってくるようだ。また関西にいる親戚と「どうでっか?」などと大阪の言葉で話していると商売第一のような気がしてくるから不思議だ。
もう一つ、村上春樹は「ラム入りコーヒーとおでん」というエッセー(234-238ページ)で冬のドイツやオーストリアで飲む「ラム入りコーヒー」が温まるという話をしている。それを読んだとき、京都で学生をしていたときによく入った喫茶店ライミン(東山近衛下ル)の「名月赤坂コーヒー」というのを思い出した。コーヒーに卵と何かのお酒が入っていて、飲むと温まるのだ。
本書は、1985~1986年に週刊朝日に連載された村上春樹のエッセー集。いくつか印象に残ったエッセーがあった。その一つが「関西弁について」(25-29ページ)。
私も仕事のせいで関西弁を使わざるをえない、あるいは使った方がコミュニケーションがうまくいく、というケースが多い。もともと東の人間だったのが関西の大学に入り、そこで「その土地に合わせた言葉を使うのが当たり前だ」という意識がしみつけられて以来、なるべくその土地の言葉を使うようにしている。大阪や京都で東京の言葉を話してみても「こそばゆい」とか「背中がむずむずする」と言われてしまい意思疎通が潤滑にいかない。したがって下手でも関西弁を話すと「その関西弁は変だ」と言われ「もっと普通に話せ」と言われる。ならもともとの東京の言葉を話したら良いかというわけでもないので、それはそれで「京都・大阪の人に違和感を感じさせない程度の言葉」を話すのに、気分的に苦労した。大阪や京都に住んだら東京の言葉は「標準語」ではなく「東京弁」でしかないのである。
いまの職場には関西方面の方が多いので、意識して西の言葉を使うようにしている。上司も関西人なので、丁寧な関西弁を使おうと「あかんですよ」などという言い方をするのだが、関西には「あかん」+「です、ます」という表現はないようで、おかしな関西弁だとまた指摘を受けてしまった。では関西人は目上の人に対して「あかん」というのはどう言うのだろうか。とりあえず「あきまへんなあ」などと言ってごまかしているのだが、これは丁寧な関西弁になるのだろうか?
関西弁を使っていると考え方も関西になってくるというのは、村上春樹も書いている(28-29ページ)。特に京ことばを使っていると、相手を立てつつ一定の距離を保持してプライドを保つ京都人の意識が自分にも移ってくるようだ。また関西にいる親戚と「どうでっか?」などと大阪の言葉で話していると商売第一のような気がしてくるから不思議だ。
もう一つ、村上春樹は「ラム入りコーヒーとおでん」というエッセー(234-238ページ)で冬のドイツやオーストリアで飲む「ラム入りコーヒー」が温まるという話をしている。それを読んだとき、京都で学生をしていたときによく入った喫茶店ライミン(東山近衛下ル)の「名月赤坂コーヒー」というのを思い出した。コーヒーに卵と何かのお酒が入っていて、飲むと温まるのだ。
うずまき猫のみつけかた ― 2010/05/15
村上春樹『うずまき猫のみつけかた』(新潮文庫、1999年)
村上春樹が米国に滞在していたときのエッセー。タイトルのように猫の話が多いが、ほかにもジョギングやマラソンの話、音楽の話、食べ物の話、車を盗まれた話などアメリカでの生活の話が載っている。
猫の話で面白かったのは、「猫が喜ぶビデオ」の話(166-169ページ)。森の中でリスや小鳥が飛び回るだけの映像なんだが、これが猫にはものすごく楽しいのだそうだ。猫を飼った経験がないので、どんな喜び方をするのか私には実感がわかないが、とにかく何度この画像を繰り返しても飽きもしないで猫はずっとみているのだそうだ。
それから、巻末におまけとしてついていた「安西水丸と語る寿司屋の話」が面白かった。特に、異性と寝る前に寿司屋に入るべきという安西水丸と、それが終わってから寿司を食べるべきという村上春樹の意見の違いが面白かった。
村上春樹が米国に滞在していたときのエッセー。タイトルのように猫の話が多いが、ほかにもジョギングやマラソンの話、音楽の話、食べ物の話、車を盗まれた話などアメリカでの生活の話が載っている。
猫の話で面白かったのは、「猫が喜ぶビデオ」の話(166-169ページ)。森の中でリスや小鳥が飛び回るだけの映像なんだが、これが猫にはものすごく楽しいのだそうだ。猫を飼った経験がないので、どんな喜び方をするのか私には実感がわかないが、とにかく何度この画像を繰り返しても飽きもしないで猫はずっとみているのだそうだ。
それから、巻末におまけとしてついていた「安西水丸と語る寿司屋の話」が面白かった。特に、異性と寝る前に寿司屋に入るべきという安西水丸と、それが終わってから寿司を食べるべきという村上春樹の意見の違いが面白かった。
『夜のくもざる』 ― 2010/04/25
村上春樹『夜のくもざる』(新潮文庫、1998年)
村上春樹の超短編小説集。この超短編の中で「渡辺昇」シリーズが面白かった。「渡辺昇」は排水パイプの修理のあと鉛筆削りの話をしだす。結局「私」は鉄腕アトムのシールつきの古い鉛筆削り(1963年型マックスPSD)を「渡辺昇」に渡して、その代わりに「私」は新品の鉛筆削りを手にいれる(「鉛筆削り(あるいは幸運としての渡辺昇①)」)。
次に「渡辺昇」が登場したのは夜の6時半だった。今度は工事のお願いもしていないので何だろうかと「私」が思うと「実はお宅に旧型のタイム・マシーンがあるってうかがったもんで、もしよろしければ新型と交換していただければと…まあ、そう思いまして。」と「渡辺昇」。「私」は茶目っ気たっぷりに四畳半のこたつを見せて「ほら、タイム・マシーン」と言うと、「渡辺昇」は笑わずに「こりゃ旦那、逸品ですよ。」ため息をつきながら「すごい。昭和46年型ナショナルの『ほかほか』ですよ。」結局、「渡辺昇」はそのこたつを持って帰り、代わりに「私」は新品の電気ごたつ(あるいはタイム・マシーン)を手に入れた。「私」がその後こともなげに再びこたつに入ってみかんを食べるのが面白い(「タイム・マシーン(あるいは幸運としての渡辺昇②)」)。
村上春樹の超短編小説集。この超短編の中で「渡辺昇」シリーズが面白かった。「渡辺昇」は排水パイプの修理のあと鉛筆削りの話をしだす。結局「私」は鉄腕アトムのシールつきの古い鉛筆削り(1963年型マックスPSD)を「渡辺昇」に渡して、その代わりに「私」は新品の鉛筆削りを手にいれる(「鉛筆削り(あるいは幸運としての渡辺昇①)」)。
次に「渡辺昇」が登場したのは夜の6時半だった。今度は工事のお願いもしていないので何だろうかと「私」が思うと「実はお宅に旧型のタイム・マシーンがあるってうかがったもんで、もしよろしければ新型と交換していただければと…まあ、そう思いまして。」と「渡辺昇」。「私」は茶目っ気たっぷりに四畳半のこたつを見せて「ほら、タイム・マシーン」と言うと、「渡辺昇」は笑わずに「こりゃ旦那、逸品ですよ。」ため息をつきながら「すごい。昭和46年型ナショナルの『ほかほか』ですよ。」結局、「渡辺昇」はそのこたつを持って帰り、代わりに「私」は新品の電気ごたつ(あるいはタイム・マシーン)を手に入れた。「私」がその後こともなげに再びこたつに入ってみかんを食べるのが面白い(「タイム・マシーン(あるいは幸運としての渡辺昇②)」)。
村上朝日堂はいかにして鍛えられたか ― 2010/04/20
村上春樹『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』(新潮文庫、1999年)
村上春樹の他のエッセーとは違い、楽しい話題の多いエッセー集。マンションやラブホテルの名前でユニークなものを集めた話や空中浮遊の夢の話、すっぱだかで家事する主婦の話など。
ただ時に真面目な話、深刻な話も書いてある。新聞休刊日がどの全国紙も同じ日である問題(「新聞について、情報について、いろいろ」48-50ページ)、部落差別のこと(「僕らの世代はそれほどひどい世代じゃなかったと思う」306-310ページ)、出版物の再販制の問題(「日本はいろいろと高いですね」186-189ページ)など。
体罰について書かれた文章も印象に残っている(「体罰について」25-29ページ)。「体罰が熱心さのひとつの方法論として独り歩きを始めた時点から、それは世間的権威に裏付けされたただの卑小な暴力に変わってしまうのだ。それはなにも学校だけのことではない。僕はこの日本の社会でそのような卑小な暴力性をいやというほど目にしてきたし、できることならもう二度と見たくないと思っている」(29ページ)と著者は述べる。確かにわが国には、世間的権威とかかわりながら一方的な思いが声高に主張され、そして日々実行されるというのは著者の言うように他にもある。わが国にはどうして、「反論」を許さない一方的な押し付けがいろいろとあるのだろうと村上春樹に触発されて思った。
村上春樹の他のエッセーとは違い、楽しい話題の多いエッセー集。マンションやラブホテルの名前でユニークなものを集めた話や空中浮遊の夢の話、すっぱだかで家事する主婦の話など。
ただ時に真面目な話、深刻な話も書いてある。新聞休刊日がどの全国紙も同じ日である問題(「新聞について、情報について、いろいろ」48-50ページ)、部落差別のこと(「僕らの世代はそれほどひどい世代じゃなかったと思う」306-310ページ)、出版物の再販制の問題(「日本はいろいろと高いですね」186-189ページ)など。
体罰について書かれた文章も印象に残っている(「体罰について」25-29ページ)。「体罰が熱心さのひとつの方法論として独り歩きを始めた時点から、それは世間的権威に裏付けされたただの卑小な暴力に変わってしまうのだ。それはなにも学校だけのことではない。僕はこの日本の社会でそのような卑小な暴力性をいやというほど目にしてきたし、できることならもう二度と見たくないと思っている」(29ページ)と著者は述べる。確かにわが国には、世間的権威とかかわりながら一方的な思いが声高に主張され、そして日々実行されるというのは著者の言うように他にもある。わが国にはどうして、「反論」を許さない一方的な押し付けがいろいろとあるのだろうと村上春樹に触発されて思った。
村上春樹『ふしぎな図書館』 ― 2010/04/01
村上春樹『ふしぎな図書館』(講談社文庫、2008年)
主人公の「ぼく」は、いつもいく市立図書館に本を借りに行った。すると、いつもとはちがう部屋に案内されて、ここで不思議な老人に本の貸しだしを受けることとなる。本を持って帰ろうとすると、老人に、持ち出し禁止だからここで読みなさいと言われる。読むならついてきなさいと老人に言われて、「ぼく」は地下の迷路を通り「読書室」に連れていかれる。その読書室は実は…。
読書室で「ぼく」は村上春樹の本によく出てくる羊男に会うのだが、村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』に出てくる羊男とくらべて優しいけど、ひ弱だ。この老人に柳の枝でたたかれると羊男は老人の言う通りにしなければならなくなってしまうのだ。『ダンス・ダンス・ダンス』の羊男は暗闇に現れて主人公に命令する、威厳のある存在なのだが、『ふしぎな図書館』の羊男は主人公を迷路から連れ出してくれる優しい人物である。佐々木マキの挿絵に描かれた羊男も子供からみても親しみやすい姿でかかれている。
気になったところがひとつ。羊男のせりふに「知識のつまった脳みそっていうのは、とてもおいしいんだよ。とろっとしてるんだ。つぶつぶなんかもあるしさ」というのがある。知識をいれたり考えたりする理性の働きは脳みその変化を本当にもたらすのだろうか? 専門家に聞いてみたいものだ。
主人公の「ぼく」は、いつもいく市立図書館に本を借りに行った。すると、いつもとはちがう部屋に案内されて、ここで不思議な老人に本の貸しだしを受けることとなる。本を持って帰ろうとすると、老人に、持ち出し禁止だからここで読みなさいと言われる。読むならついてきなさいと老人に言われて、「ぼく」は地下の迷路を通り「読書室」に連れていかれる。その読書室は実は…。
読書室で「ぼく」は村上春樹の本によく出てくる羊男に会うのだが、村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』に出てくる羊男とくらべて優しいけど、ひ弱だ。この老人に柳の枝でたたかれると羊男は老人の言う通りにしなければならなくなってしまうのだ。『ダンス・ダンス・ダンス』の羊男は暗闇に現れて主人公に命令する、威厳のある存在なのだが、『ふしぎな図書館』の羊男は主人公を迷路から連れ出してくれる優しい人物である。佐々木マキの挿絵に描かれた羊男も子供からみても親しみやすい姿でかかれている。
気になったところがひとつ。羊男のせりふに「知識のつまった脳みそっていうのは、とてもおいしいんだよ。とろっとしてるんだ。つぶつぶなんかもあるしさ」というのがある。知識をいれたり考えたりする理性の働きは脳みその変化を本当にもたらすのだろうか? 専門家に聞いてみたいものだ。
村上春樹『回転木馬のデッド・ヒート』 ― 2010/03/14
村上春樹『回転木馬のデッド・ヒート』(講談社文庫、1988年)
著者が「はじめに・回転木馬のデッド・ヒート」で書いているように、本書は著者が純粋に創作した小説というよりも、著者自ら体験したり聞いたりしたことを話にまとめた「スケッチ」である。
他の人から聞いた話を自分の中に抱えていると、「おり」が体の中にたまっていくのだと著者はいう(12-14ページ)。この「おり」とは人生の無力感、すなわち、「われわれはどこにも行けない」のであって、同じところをぐるぐる回るメリーゴーラウンドのような人生システムから出られないということである(14-15ページ)。しかし、回転木馬で同じところをぐるぐる回る人生の中でも、仮想の敵との間で熾烈なデッドヒートをくりひろげているように見えると著者は述べる(15ページ)。本書では様々な人生の中の奇妙な事実、不自然なゆがみを描いている。
さて、いくつかある本書の短編の中で一番印象に残ったのは「レーダーホーゼン」という話。ある女性の母が55歳にしてはじめてひとりで海外旅行に出て、ドイツに飛んだ。ドイツに旅行に出た彼女は夫からドイツの半ズボンで吊り紐がついたもの、レーダーホーゼンをおみやげに買ってほしいと頼まれる。ところが、そのレーダーホーゼンを売る店に半日かけて行くと、着る本人がなければレーダーホーゼンを売れないという。店の伝統でそのようにして信用を保っているので、これを曲げることはできない、という。いかにもドイツらしい話である。そこで彼女は夫に似た体形の人を現地で探し、モデルになってもらってレーダーホーゼンを無事買うことができた。そのレーダーホーゼンができあがるまでの30分間で彼女は夫との離婚を決めたという話。この話を著者に話してきた女性(ドイツに渡った彼女の娘)は、父だけでなく自分も母から捨てられたと思って長い間母を憎んできたが、その離婚の理由がレーダーホーゼンにあると聞いて、憎むのはやめたのだという。母が、ドイツで父とそっくりの体形をした男性(しかも似たように髪がうすくなってお腹が出ている)がレーダーホーゼンをはいているのを見て、その男性がレーダーホーゼンをはいたまま体をゆすったり笑ったりしているのを見て、一気に父への嫌悪感が噴き出たことに、娘として理解ができるのだという。
男性としては、この母の感情を想像はできても、納得しにくい話である。
著者が「はじめに・回転木馬のデッド・ヒート」で書いているように、本書は著者が純粋に創作した小説というよりも、著者自ら体験したり聞いたりしたことを話にまとめた「スケッチ」である。
他の人から聞いた話を自分の中に抱えていると、「おり」が体の中にたまっていくのだと著者はいう(12-14ページ)。この「おり」とは人生の無力感、すなわち、「われわれはどこにも行けない」のであって、同じところをぐるぐる回るメリーゴーラウンドのような人生システムから出られないということである(14-15ページ)。しかし、回転木馬で同じところをぐるぐる回る人生の中でも、仮想の敵との間で熾烈なデッドヒートをくりひろげているように見えると著者は述べる(15ページ)。本書では様々な人生の中の奇妙な事実、不自然なゆがみを描いている。
さて、いくつかある本書の短編の中で一番印象に残ったのは「レーダーホーゼン」という話。ある女性の母が55歳にしてはじめてひとりで海外旅行に出て、ドイツに飛んだ。ドイツに旅行に出た彼女は夫からドイツの半ズボンで吊り紐がついたもの、レーダーホーゼンをおみやげに買ってほしいと頼まれる。ところが、そのレーダーホーゼンを売る店に半日かけて行くと、着る本人がなければレーダーホーゼンを売れないという。店の伝統でそのようにして信用を保っているので、これを曲げることはできない、という。いかにもドイツらしい話である。そこで彼女は夫に似た体形の人を現地で探し、モデルになってもらってレーダーホーゼンを無事買うことができた。そのレーダーホーゼンができあがるまでの30分間で彼女は夫との離婚を決めたという話。この話を著者に話してきた女性(ドイツに渡った彼女の娘)は、父だけでなく自分も母から捨てられたと思って長い間母を憎んできたが、その離婚の理由がレーダーホーゼンにあると聞いて、憎むのはやめたのだという。母が、ドイツで父とそっくりの体形をした男性(しかも似たように髪がうすくなってお腹が出ている)がレーダーホーゼンをはいているのを見て、その男性がレーダーホーゼンをはいたまま体をゆすったり笑ったりしているのを見て、一気に父への嫌悪感が噴き出たことに、娘として理解ができるのだという。
男性としては、この母の感情を想像はできても、納得しにくい話である。
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