「命令違反」が組織を伸ばす ― 2009/06/10
菊澤研宗『「命令違反」が組織を伸ばす』(光文社新書、2007年)
一人ではなく組織の中で仕事をしている場合には、トップの者でない限り誰しも様々な命令を受けて、その命令を自ら実行したり、あるいは他の人に命令を出して仕事をしてもらっている。受ける命令の中には気乗りしないものも多くあり、さらには不合理なものもある。気乗りしないのは自分自身にも原因があるから、何とかしてやり遂げることとするとしても、不合理な命令に対して部下としてどう対応するかは問題である。
本書では著者は、明快にこの問題の解決策を述べている。「私の答えは簡単だ。『命令違反』である。これがファイナル・ソリューション(最終解決)だ。」(15ページ)
さて序章にて著者は「人間は限定合理的な存在である」と述べている。したがって現代の組織には以下の2つの不条理が起こりうる、としている。(13-15ページ)タイプⅠの不条理は、正当性と効率性の不一致が生み出す不条理である。職場倫理的に正しいことと経済的に無駄がないこととが両立しないという不条理である。例えば上司から非効率な命令が下ったとき、部下は上司の命令に従うべきという職場倫理に従わざるをえないが、その結果組織に非効率が発生してしまう、という例である。そして、タイプⅡの不条理は私的個別性と社会性の不一致が生み出す不条理である。限定合理的な世界では、しばしば「私的利益・正当性」と「社会的利益・正当性」が一致しない。例えば部下が上司から明らかに反社会的で非効率かつ不正な命令を受けた場合に、組織のメンバーである部下が、社会全体の利益や社会倫理を捨てて、合理的に個別組織の私的利益を優先する例である。
本書では先の戦争におけるわが国の指揮官の例をあげて、タイプⅠの不条理に陥った例(第Ⅰ部<タイプⅠ>の不条理 インパール作戦での牟田口廉也)とそれを回避すべく「良い命令違反」をした例(第Ⅱ部第4章 ペリリュー島での中川州男の良い命令違反)と「悪い命令違反」をした例(第Ⅱ部第5章 ノモンハン事件での辻政信の悪い命令違反)を述べている。そしてタイプⅡの不条理についても「良い命令違反」の例(第Ⅲ部7章ミッドウェー海戦での山口多聞の良い命令違反)と「悪い命令違反」(第Ⅲ部8章レイテ海戦での栗田健男の悪い命令違反)とを挙げている。
本書で特に興味深かったのは、戦争指導における指導者心理に行動経済学の考え方である「プロスペクト理論」をあてはめて分析したところである。人間は限定合理的な存在なので、実際の利益・不利益と心理上の満足・不満足とは完全に比例せず、主観的な基準点(レファレンス・ポイント)から少しでも不利益になれば大きく不満足になるのに対して、この基準点から少し利益が出てもあまり満足には感じない傾向があるというのが「プロスペクト理論」のうちの「価値関数」。これを、牟田口廉也中将と中川州男大佐、参謀辻政信大佐にあてはめて分析している。
「不条理に満ちた現在の組織には、ファイナル・ソリューションとして命令違反する勇気と、命令違反を許容する新たなマネージメントが必要である」(15ページ)と著者は述べている。「プロスペクト理論」の「心理関数」を根拠にして、著者は、リーダーが常にプラスの心理状態を維持する必要性を述べている(162-165ページ)。逆境に至っても、心理的な基準点をさらに低くすれば、厳しい状況にあってもプラスの心理を持つことができる。中川州男大佐のように自らの死を基準とする、会社員の場合には辞職に基準を置くということであろう。もう一つの対処法として、著者は失敗や敗北を完全に否定してしまうのではなく、結果を常に批判的に分析するという方法をとることを挙げている。特に、著者は、一人ひとりが常に相手を一つの価値をもつ存在であるとみなし、決して相手を自分の目的達成のための手段として扱わない、という人間関係のもとで、批判的な議論を通じて誤りが排除される組織になると論じている(結章 命令違反のマネージメント 255-264ページ)。
大変知的刺激のある本であり、自分もいざというときに「良い命令違反」をする勇気と行動力が必要だと再認識させられた。
一人ではなく組織の中で仕事をしている場合には、トップの者でない限り誰しも様々な命令を受けて、その命令を自ら実行したり、あるいは他の人に命令を出して仕事をしてもらっている。受ける命令の中には気乗りしないものも多くあり、さらには不合理なものもある。気乗りしないのは自分自身にも原因があるから、何とかしてやり遂げることとするとしても、不合理な命令に対して部下としてどう対応するかは問題である。
本書では著者は、明快にこの問題の解決策を述べている。「私の答えは簡単だ。『命令違反』である。これがファイナル・ソリューション(最終解決)だ。」(15ページ)
さて序章にて著者は「人間は限定合理的な存在である」と述べている。したがって現代の組織には以下の2つの不条理が起こりうる、としている。(13-15ページ)タイプⅠの不条理は、正当性と効率性の不一致が生み出す不条理である。職場倫理的に正しいことと経済的に無駄がないこととが両立しないという不条理である。例えば上司から非効率な命令が下ったとき、部下は上司の命令に従うべきという職場倫理に従わざるをえないが、その結果組織に非効率が発生してしまう、という例である。そして、タイプⅡの不条理は私的個別性と社会性の不一致が生み出す不条理である。限定合理的な世界では、しばしば「私的利益・正当性」と「社会的利益・正当性」が一致しない。例えば部下が上司から明らかに反社会的で非効率かつ不正な命令を受けた場合に、組織のメンバーである部下が、社会全体の利益や社会倫理を捨てて、合理的に個別組織の私的利益を優先する例である。
本書では先の戦争におけるわが国の指揮官の例をあげて、タイプⅠの不条理に陥った例(第Ⅰ部<タイプⅠ>の不条理 インパール作戦での牟田口廉也)とそれを回避すべく「良い命令違反」をした例(第Ⅱ部第4章 ペリリュー島での中川州男の良い命令違反)と「悪い命令違反」をした例(第Ⅱ部第5章 ノモンハン事件での辻政信の悪い命令違反)を述べている。そしてタイプⅡの不条理についても「良い命令違反」の例(第Ⅲ部7章ミッドウェー海戦での山口多聞の良い命令違反)と「悪い命令違反」(第Ⅲ部8章レイテ海戦での栗田健男の悪い命令違反)とを挙げている。
本書で特に興味深かったのは、戦争指導における指導者心理に行動経済学の考え方である「プロスペクト理論」をあてはめて分析したところである。人間は限定合理的な存在なので、実際の利益・不利益と心理上の満足・不満足とは完全に比例せず、主観的な基準点(レファレンス・ポイント)から少しでも不利益になれば大きく不満足になるのに対して、この基準点から少し利益が出てもあまり満足には感じない傾向があるというのが「プロスペクト理論」のうちの「価値関数」。これを、牟田口廉也中将と中川州男大佐、参謀辻政信大佐にあてはめて分析している。
「不条理に満ちた現在の組織には、ファイナル・ソリューションとして命令違反する勇気と、命令違反を許容する新たなマネージメントが必要である」(15ページ)と著者は述べている。「プロスペクト理論」の「心理関数」を根拠にして、著者は、リーダーが常にプラスの心理状態を維持する必要性を述べている(162-165ページ)。逆境に至っても、心理的な基準点をさらに低くすれば、厳しい状況にあってもプラスの心理を持つことができる。中川州男大佐のように自らの死を基準とする、会社員の場合には辞職に基準を置くということであろう。もう一つの対処法として、著者は失敗や敗北を完全に否定してしまうのではなく、結果を常に批判的に分析するという方法をとることを挙げている。特に、著者は、一人ひとりが常に相手を一つの価値をもつ存在であるとみなし、決して相手を自分の目的達成のための手段として扱わない、という人間関係のもとで、批判的な議論を通じて誤りが排除される組織になると論じている(結章 命令違反のマネージメント 255-264ページ)。
大変知的刺激のある本であり、自分もいざというときに「良い命令違反」をする勇気と行動力が必要だと再認識させられた。
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