村上春樹『やがて哀しき外国語』 ― 2010/03/01
村上春樹『やがて哀しき外国語』(講談社文庫、1997年)
著者が渡米した際のエッセー集。
著者はアメリカで執筆活動と大学での講義をしていた。生徒たちを前に著者が小説家になるまでの経緯を語る部分が特に興味深かった(「ロールキャベツを遠く離れて」)。村上春樹氏は、春の昼下りにプロ野球の試合を見に行って二塁打を見た時に突然「そうだ、小説を書こう」と思いついたのである(219ページ)。ただこれはきっかけに過ぎないと村上氏は言う。「太陽の光とか、ビールの味とか、二塁打の飛び方とか、いろんな要素がうまくぴったりとあって、それが僕の中の何かを刺激したんだろうね。」(219ページ)「僕に必要だったのは自分というものを確立するための時間であり、経験であったんだ。それは何もとくべつな経験である必要はないんだ。それはごく普通の経験でかまわないんだ。でもそれは自分のからだにしっかりとしみこんでいく経験でなくてはならないんだ。学生だったころ、僕は何かを書きたかったけど、何を書けばいいかわからなかった。何を書けばいいのかを発見するために、僕は7年という歳月とハード・ワークが必要だったんだよ、たぶん」(219-220ページ)
なるほどね、村上春樹氏と同じように飲食店を経営して借金を返し、毎日働く中で自分の中に書きたいものが出てくれば同じように小説を書けるという訳ではないが、いわんとするところは分かる。言葉が自分から出てくるには経験と時間が必要なのだろう。人によって経験や時間の長さは異なるだろうが、人から借りた考えや言葉を書いても話しても面白くない。時間をかけて熟成された、自分の経験や考えの中から出た考えや言葉こそが力を持つというのは同感である。
著者が渡米した際のエッセー集。
著者はアメリカで執筆活動と大学での講義をしていた。生徒たちを前に著者が小説家になるまでの経緯を語る部分が特に興味深かった(「ロールキャベツを遠く離れて」)。村上春樹氏は、春の昼下りにプロ野球の試合を見に行って二塁打を見た時に突然「そうだ、小説を書こう」と思いついたのである(219ページ)。ただこれはきっかけに過ぎないと村上氏は言う。「太陽の光とか、ビールの味とか、二塁打の飛び方とか、いろんな要素がうまくぴったりとあって、それが僕の中の何かを刺激したんだろうね。」(219ページ)「僕に必要だったのは自分というものを確立するための時間であり、経験であったんだ。それは何もとくべつな経験である必要はないんだ。それはごく普通の経験でかまわないんだ。でもそれは自分のからだにしっかりとしみこんでいく経験でなくてはならないんだ。学生だったころ、僕は何かを書きたかったけど、何を書けばいいかわからなかった。何を書けばいいのかを発見するために、僕は7年という歳月とハード・ワークが必要だったんだよ、たぶん」(219-220ページ)
なるほどね、村上春樹氏と同じように飲食店を経営して借金を返し、毎日働く中で自分の中に書きたいものが出てくれば同じように小説を書けるという訳ではないが、いわんとするところは分かる。言葉が自分から出てくるには経験と時間が必要なのだろう。人によって経験や時間の長さは異なるだろうが、人から借りた考えや言葉を書いても話しても面白くない。時間をかけて熟成された、自分の経験や考えの中から出た考えや言葉こそが力を持つというのは同感である。
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://rebecca.asablo.jp/blog/2010/03/01/4913545/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。